ねるねる煉獄

自慰文らしく生きようね

梅雨がこんなんやったらよかったなという話

濡れた傘を愛のしるしと思った。雨のにおいは世界のかおりをかき消すけれど、傘の内側は世界から断絶されていたから、僕の鼻腔に触れるのは甘ったるい柔軟剤だけだった。僕たち二人だけが、今、世界にいないのだった。
水たまりを避けようと右に寄れば、彼女に波及し彼女はよろける。
「あ、ごめん」
雨があるから自然、声も大きくなる。
彼女はすんで転ばなかったその体躯を目いっぱいに伸ばす。そうして両手を僕が傘を持つ手にまわし、体重をぶん載せた。世界にあらわになった僕らの関係を雨にドラムロールされる傘が見ることはなかった。
身長差がなくなっていた。きっとこの雨の中、僕を狙うスナイパーは間違って彼女を撃つはずだ。いや、貫かれるのは一緒だろうな。
世界にさらされた二人は、今、一人として世界に認識される。雨を潤滑油に僕たちは溶け合う。口づけと似た何かが耳元に当てられ、ドラムロールは速度を増していった。

「ねえ、お風呂は私から入るよ、兄貴」
彼女は足元の傘を拾い、去った。
ものの見方でだませるのは世界だけだなあと思う。甘酸っぱさのかけらもない何かをたくましい妄想で乗り切るには、世界に比べて、僕は賢すぎたのだ。
ようやく気づいたであろう世界は、さっきまでと変わらずに、僕の全身を濡らし続けている。