ねるねる煉獄

自慰文らしく生きようね

昔書いた小説

 

 

発掘したので置いとこうと思った。

 

 

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枯れ木に梅は咲かない

 

 


「花咲か爺さんは死んだ。」
中肉中背、黒づくめの服を着た、眼光のみが鋭く個性を撒き散らす青年ーーー中木は唐突に呟くと、矢継ぎ早に立て板に水のように次々と持論を展開する。
「花咲か爺さん、いわゆる正直爺さんは、灰を撒くことで枯れ木に花を咲かせた。それは善行が生んだ奇跡のように扱われている。が。そもそも灰というのは、日本では鎌倉時代から肥料に使われている!焼畑農業が成り立つのも、ひとえに灰のもつ養分のおかげである!だから花咲か爺さんが正直だろうが嘘つきだろうが、花が咲くメカニズムには、一切、関係ない。これは灰が優れていただけだ。
次に、嘘つき爺さん。彼は撒いた灰が将軍の目にはいったせいで殺されるわけだが、これは風が吹いた結果に過ぎない。嘘をつけば風が吹くわけでもあるまい。つまり嘘つき爺さんが正直だったところで風は吹き、彼は殺されていたわけだ。
よって花咲か爺さんの教訓である『正直であれば報われる』というのは、子供に向けた『都合のいい倫理観』なのだろう。創作に有りがちな『嘘』な訳だ、皮肉にもな。
みたいなことを小学校の頃読書感想文に『正直に』書いたら親呼び出しを食らった。この時、俺の中で花咲か爺さんは死んだのだ。ああ、まったく、この国は書を自由に読むことすら許さないというのか!」
中木は手を掲げ立ち止まった。
ぼくは憤る彼を諌める。
「おい、熱くなるのは結構だけど、上とキャラ被りしてるぞ。第一、マッチポンプだし。」
燦々と照らす太陽を指差し、ため息を吐く。
「いいではないか、軽口だ」
「の割に内容が重いんだよ。疲れてんだから気をつかえ」
言いながら汗を二、三滴拭う。
中木はこれまた唐突に黙り込み、僕の隣に腰を下ろした。
目の前には光があった。緑、土がその後に続いた。刺々しい太陽、僅かな風にそよぐ木々、遊具が退廃し、遂に砂場のみになった公園の大地。公園にだって砂漠化現象は進んでいる。
……夏にも中木にも似つかわしくない沈黙であった。しゅわしゅわと鳴く蝉、じわじわと近寄る熱気。気持ち分の微風と木漏れ日がぼくらを包み込み、砂場から熱が蒸してプラマイ35℃の外気温。
「………なあ、ずっと考えてたんだが、気をつかうというのは、中国拳法的なことか」
またも唐突に、中木がすんと尋ねた。ぼくは閉口しながら口を開いた。
「………慮るほうだ」

 

 

中木孝は、ぼくの友人界でも、一二を争う変人だ。彼とは10年来の友人であるが、出会った時からこの調子、いつからか付いたあだ名は屁理屈王、或いはモンテ・クリストであった。彼の話は妙な説得力がある癖に、文に起こすとおしなべて筋が通っていない。「筋は通らずとも筋道を通せ」が彼の信条であった。
ただ物を見て、話を聞いて、傍観するぼくとは良くも悪くも大違いだった。なぜだかずっと一緒にいるのはたまたまで、必要性はなくて、一言で言うならば、ぼくらは「脆い友人」なのだろう。

 

 

「一つ、現代日本むかし話を聞いてはもらえませんか」
と、唐突に声を放ったのは、作務衣に身を包んだ、顔中毛を生やしっぱなしにした男であった。明らかに常軌を逸した発言、格好であると発汗作用が伝えたが、どこか育ちの良さを感じさせる柔らかな声と目つきがゆるやかに心配をかき消した。同時に、この格好は男本来のモノではないと直感する。
中木が眉をひそめて
「ホームレスか」
と呟く。ぼくは彼を見遣り、塩っぱい顔を浮かべて作務衣に向き直る。
「すみません、こういうやつなんです」
「いえ、いいのです。それは承知の上ですから」
作務衣の表情はどこか固く、しかし彼は微笑みを浮かべた。「先ほどの会話」と指を上方に向ける。
「上手いことを言うものだと感心しました。むかし話にあれほどの熱意を持っていらっしゃるとは」
中木は指先をこねて鋭い目を作務衣に注ぐ。
「立ち聞きをするホームレスとは、家とともに恥を捨てたか。外聞はあるようだが」
ぼくがたしなめようと口を開くより先に、作務衣は笑う。
「いえ、御友人殿。いいのです。もとよりこの扱いは覚悟しておりましたし、短気な性分でもありませんし、なにより事実ですから」
「ならばやはり」
と、中木がしてやったりな表情を浮かべる。
「しかし、正確には」

「家はまだありません、となりますが」
一呼吸、全てが静まる音がした。彼が意味深にそう言い放てば、それに呼応したかのように林がざわざわと揺らめき始めた。
「実は私、未来人なんですよね」
軽快な声色だった。ざぁ、と風が吹き抜け、夏の温度が持っていかれた。ぼくの大きめの一重も、中木の三白眼も同じ形になった。即ち目を丸くした。
「少々、時代選択を間違えたようで……もう数十年前なら、この格好でも浮かなかったはずなのですが。」
作務衣は頬を掻いた。
あまりに荒唐無稽で馬鹿らしいソレは、しかし彼の異質な風貌、しゃべり口が一切を疑わせなかった。この男は紛れもなく「人格者」の「ワケあり」の「常人」だと、あらゆるものが語っていた。
「……で、遠路はるばる如何様で」
中木がしばらくの沈黙を打ち破ると、作務衣はまたも軽快に言葉を紡いだ。
「ですから一つ、現代日本むかし話を聞いてもらいたいのです」
その言葉が、全く違う意味に聞こえた。

 

 

「さて、私のことは作務衣とでも呼んでいただければ結構です。現代日本むかし話とは文字通り、ここ、現代日本が舞台の寓話のことです。未来ではかつてのむかし話に実感が湧かなくなった子供が増加し、問題視されております。そこで『ちょっとだけ昔を舞台に新たな寓話を作る』というプロジェクトが発足しました。私はその製作を国に任され、視察のためにこの2015年8月17日に馳せ参じた次第です」
流れるように説明する作務衣をあわてて制した。
「な、なんでまたぼくらに話を」
「それは先ほど言いました通り、会話を拝聴したからです。あそこまでの痛烈な批判をするお方ならば、きっとよい意見が伺えるかと存じまして。」
「なにか報酬はあるのか」
中木はようやく相手を認め、また興味を見出したようで、相手の目を見て話を聞いた。作務衣はしばらく考え込んで、
「物品を過去に与えるのは禁じられていますので…では、出来上がった話が将来発表された瞬間より、あなたがたに歩合を振り込みましょう。」
と言い、一拍置いて
「ああ、数十年後ですので生きています…多分。」
と付け足した。思わず苦笑いが溢れる。
「承って頂けますか?」
「勿論。小学生の頃のリベンジを果たそうではないか!」
即答した中木が目を輝かせながら肩を叩いてきた。
「ぼくは読書感想文に復讐心抱いてねえよ…」
こうなってしまえば止められないと、ひとかたまりのため息を吐いた。気づけば風も止み、暑さがじわじわと戻ってきていた。蝉の鳴き声がなんだか久しぶりな気がした。

 

 

この真夏に三人ひっついてベンチに座るなど愚の骨頂である。が、中木は作務衣が正面に立ちっぱなしなのが気になったらしく(妙なところで細い男だ)、無理やり端に作務衣を座らせた。よってベンチに、右からぼく、中木、作務衣の順に詰めていた。各々の肩が密着した時点で全員の頭に後悔がよぎったと思う。日が少し傾き、光がより刺し殺そうと躍起になっていた。
作務衣は紙片を取り出し、優しく語り出した。
「むかぁしむかし、と言っても君のお母さんが子どもの頃くらいのむかし。赤ずきんちゃんがおりました」
作務衣が導入の文句を言った途端にあの男が割り込んだ。
「待て。それでは父子家庭に気まずい空気が流れてしまう。そういうのはクレーマーが大喜びで突いてくるぞ。しかも、十数年ほどで時代認識にズレが生まれるな。ここはしっかり年代を指定したほうがいいだろう」
ふと疑問が生まれたので中木の顔を見る。息がかかるほどの至近距離にすこし驚く。
クレーマーってそんなに厳しいか?」
「ああ。あれは現代日本が抱える最悪の鬼だ。さて、続けてくれ」
僕を尻目に、中木は澄ました顔で促す。
「では……西暦20xx年、赤ずきんちゃんがおりました。彼女が森を歩いていると狼が」
「待った」
まだ何かあるのかと、呆れ顔で中木を見る。
赤ずきんちゃん……狼……ピンとくるだろうか」
そう言われてみれば、ニホンオオカミはすでに絶滅している。確かにイメージは湧きにくいだろう。が、しかし、
赤ずきんちゃんに問題はあるか?」
ぼくが言うと、中木は鼻を鳴らして腕を組んだ。
「今時ずきんを被るのなんて集団疎開くらいだろう。もっと別の意味で捉えたほうがわかりやすいと思う」
お前の中の今時は一体いつなのだと叫びたくなったが堪える。 『別の意味』という言葉に、作務衣もぼくも目が点になった。
「いや……だから、思想的な意味ではどうだろう。思想的にアカずきんちゃん」
「それはまずいでしょう!」
作務衣の表情が初めて崩れる。中木は気にせず続ける。
「そうだ、狼ではなく国家公安にしよう。アカずきんちゃんは共産主義者から送られた軍事スパイで、おばあちゃんにアカワインと共に機密情報を届けるんだ。それを止めようとする国家公安とアカずきんちゃんの、手に汗握るデッドヒート!」
「少なくとも、出版社に添削されるだろうな、赤ペンで」
ぼくは苦笑しながら皮肉った。

 

 

「いかがでしたか?」
結局、中木の妄言を半ば聞き流してはいたのだが、作務衣が用意した数種の現代むかし話を聞き終われば日が完全に暮れ頃であった。蝉の炭酸のような鳴き声も、心なしか気が抜けて聞こえた。熱だけは未だに去ることを知らない。
「……長いな」
中木が一滴汗を滴らせた。
「お前が原因だろう」
茶々を入れるが彼は気にせず、
「メッセージが長い上、どれも説教臭すぎる。創作にありがちな胡散臭さに溢れている。現代日本という割に、舞台を活かしきれていない。どれも先人の劣化コピーでしかない。」
息を継ぐ暇もなく、挙げきった。ふざけていた割に芯をついていると感じた。
作務衣は和かに頷く。
「返す言葉もない。……どうでしょう、あなたが作ってみては?」
「……いや、作るならこいつに頼め」
蝉の声が一周し、ようやく事態を飲み込んだぼくは飛び跳ねた
「いや、冗談を言うなよ。ぼくにできるものか」
「俺が考えてもいいが、文に綴るのはお前だ」
中木はこちらを面倒そうに一瞥し、当然のように言い放った。作務衣に目を向けるが、
「実のところ私には向いていないということを痛感させられましたので、誰かに頼もうと思っていたのです。君、やってみませんか?」
と、頼ろうとした矢先に言われてしまう。こいつは未来が見えているのかと考え、その通りだと帰結する。少し考え口を開く。
「いや、才能があるのはぼくではなく中木でしょう?適材適所を行わないのは才能に失礼ですよ」
拒絶が、溜め込んでいた内臓を引きずり出してゆく。
「才能がないんですよ。無理です、ぼくには無理だ。……ずっと「見るだけ」「聞くだけ」だったろう。中木は知っているだろう!ぼくは紛れもなく、ただの、傍観者だ」
尻すぼみに叫ぶと、呼応したかのように日が沈んでいた。黄昏に数滴の黒が混ぜられる。
そして、気づくと中木は立ち上がっていた。密着していた肩にTシャツが張り付いていた。
「限界を設定するのは愚かでしかない」
中木は唐突に呟くと、矢継ぎ早に立て板に水のように次々と持論を展開する。
「才能の多寡を決めたのは誰か、それは観客だろう。観客など、所詮現象でしか物事を語れないものの集合、烏合ではないか!その言葉に耳を貸すな。お前は一観客ではなく、傍観者だ。傍で観ている者だ。俺の傍で観ている者だろう!
お前は主観的な俺を補うのに相応しい人間だ。傍観者は当事者には決して至れない視点から物事を見渡せる、たくさんのものに気づける。」
一呼吸し、中木は照れ臭そうに笑って、続ける。
そもそも俺は文をかけない。なぜなら「屁理屈王」だからだ。俺の文章、何一つ筋など通らんのだ。お前が一番よく知っているだろう。
だがな!お前にはできるよ。お前は「見るだけ、聞くだけ」つまり、「やっていないだけ」だ。できないことが一つ明確に決まっている俺より、ずっと可能性に満ちている。お前は才能の才能がある!親友の俺が、保証してやる。」
屁理屈なのか、正論なのか、よくわからなかった。しかし、今までで最も響いた彼の言葉だった。日もとっくに沈んだ空が、なぜか少し青く見える。
「なあ、ようやく、キャラ被らなくなったな」
しばらく間を空けて、ぼくは微笑んで空を指差した。少しだけぬるい風が、夜を気づかせた。

 

 

さて、どんなに長い一日も、いつかは終わるものである。
「むかし話を書くに当たって、適役の敵役を思いつきました。」
丑三つ時には達していない時分だろうか、ぼくは自宅のパソコンとにらめっこしていた。作務衣はむかし話を得次第帰るらしいので、さっさと帰してやろうと思っていた。あんな熱いやりとりをみられた相手など、早急にお帰り願いたい。
カタカタとメールを打ちながら、気づけば微笑んでいた。
敵役の鬼、「現代日本最悪の鬼」はすごく身近に存在した。本当に、あの親友はたまに正論を言うのだ。
クレーマー」を敵役にした桃太郎は、現代日本のエッセンスを存分に含んでいた。気がする。

 

 

「ものの見事に騙された!」
中木が叫んだ。砂場に落葉が溶け込んでいた。木々はイチョウだということに今更気付く。
中木が手にしているのは一冊の絵本であった。中身は現代日本を舞台にした新編桃太郎、といったところか。風刺がかった内容から、OL等を中心に現在妙に売れているようだった。
勿論今は数十年後などではなく、あの日から2ヶ月くらいしか経っていない。
中木が顔を赤くしながら喋り出す。
「作務衣の正体はきっとスランプの絵本作家だったのだろう!あの胡散臭い風貌も喋りもそれなら説明がつく!ああ、道理で嘘っぽい教訓を好んだわけだ。作家というものにロクな人間はいないな!」
一方ぼくはというと、そこまで怒りを感じていなかった。作務衣に騙されたのは紛れもなく自己責任であった上、なにか引っかかっているものがあって彼を憎めなかった。あの事件を通して得たものを回想する。
「絵を2ヶ月で描いて流通に載せた点はすごい!」
遂に中木は怒りながら褒め出したので、もう彼のことはよくわからない。
「結局、嘘つき爺さんが幸せな世の中だな」
ぼくは笑いながら呟いて、しばらくして気づいた。
「あれ…あのさ。作務衣は嘘をついたわけだよな?未来人って。」
「ああ、そうだな。」
「あの時、妙に不自然な風が吹かなかったか?」
夏の温度が持っていかれるような風が林をゆらしたことを思い出す。中木は眉をひそめた。
「何が言いたい?」
「あの日の発端の、花咲か爺さんを思い出してくれよ。『花咲か爺さんは奇跡ではない』と中木は言っただろう。何故なら、『正直爺さんは灰が優れていただけだ。』じゃあ、嘘つき爺さんは?」
しばらく考え込んで、中木は呟く。
「『偶然だ。嘘をつけば風が吹くわけでもあるまい』」
ぼくは笑って口を開く。
「あの日、もしかして、奇跡は起きていたんじゃないか?…いや、全く負の奇跡だけど」
中木はすこし真顔になり、それから唐突に笑って、こういった。
「なんということだ。それでは、花咲か爺さんを生き返らせねばなるまい」

 

 

 

 

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さて、彼はやはり、いつまでも、文面ではおしなべて筋が通らないなぁ、と振り返る。信じてしまったのも、全く仕方ないけれど。